7.1 障害・特性と才能

特性と才能の関係性について

 例えば「発達障害だから音楽の才能がある/ない」といった因果関係の問題に関して、個人的にはその部分には因果関係は「全くない」と思います。HSPで「音に敏感」だから「音楽に敏感」かというとそれも全く関係が無くて、「音/単なる音声振動」と「音楽/音楽的な音情報」の感じ方は、全く別の感覚・回路が働いていると考察します。ADHDやHSPの音楽天才もいれば、音楽センスの乏しいADHD・HSPの凡人も実際に見ています。健常者でもそれは一緒です。健常者の天才も居れば凡人もいる。「発達障害だけど、それとは別に音楽の才能があったから音楽で上手くいった」というたまたまラッキーだった結果が世の中にいくつか見られるだけで、飛びぬけた才能が無ければ、大なり小なりどんな人でも苦労していることは確かなのです。僕も他人から見れば才能があると思われることは多いですが、圧倒的天才の存在を実際に目の当たりにして、ほぼ諦めの姿勢の中で頑張っています。英才教育を受けてもいないし、その辺は雑草魂の感覚で成長のための方法を探しながら日々鍛錬しています。
 何かできない理由を発達障害のせいにしている人も多いですが、そういう人は結果として劣等感を抱えたり、辛い思いをすることになると思います。何か・誰かのせいにできる「はけ口」があると、人は負の感情を持つのではないかと僕は考えています。自分の限界にチャレンジして、自分の特性を知ると、まずはチャレンジした自分に対してどんな結果でも認めてあげれるようになります。そして自分の特性を知るとやるべきことが見えてきて、結果上達する可能性が高まります。僕はこの経験を高校生の時に経験できたので、今では他人と比べることをしなくなりました。「才能」に振り回されずに自分サイズを受け入れていく、これをしないと人は生活していくための行動・選択ができずに、ただただ辛くなるだけだと思います。こう生まれてしまったものはもう仕方ないんですもん。

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