「VMW連載版」第3回【歌で大事なのは?】理論vs感覚 ~感覚が理論を越えるとき~ にて、『最終的には!「理論よりは感覚のほうが大事」』とお話しました。この記事では「感覚」と「気持ち」について触れていきます。
最終的には!「理論よりは感覚のほうが大事」
「感覚」と「気持ち」は違う
『「理論よりは感覚のほうが大事」と聞いて、「やっぱり気持ちが大事なんじゃん!気持ち込めて歌えば伝わるよ!」と思ったそこのあなた……』から始まったこの話題。まず「感覚で歌う」ということと、「気持ちで歌う」ということは全然違う意味になります。
①「感覚的に歌う」ということは「自分の気持ちの向くままに歌うこと」であり、②「気持ちで歌う」ということは「相手に気持ちが伝わるように歌うこと」です。②は特に「気持ちを込めて歌う」とも言われます。
ふたつとも「気持ちだけではダメ」
このふたつは「自分のためなのか、相手のためなのか」という点では大きく意味が異なりますが、「気持ちだけではダメ」という点ではふたつとも同じになります。それぞれどうしてダメなのかというと、①「感覚的に歌う/気の向くままに歌うだけ」では、「リズムやピッチがズレやすくなる」からで、②「気持ちを込めて歌うだけ」では、「想いを念じるだけで何も変わっていない歌になりやすい」からです。
この記事では、①「感覚的に歌うこと」のほうを説明します。②「気持ちを込めて歌う」のほうは以下の記事で説明していますのでご覧ください。
では、①「感覚的に歌うこと」のほうを、「気持ちだけではダメ」の視点で詳しく説明していきます。
「気持ち」だけではダメ
聴き手に理論を感じさせない
なんで「気持ちだけではダメ」なのか、ひとつキーワードにしておくと良いのが「聴き手に対して理論の存在を感じさせてはいけない」という考え方です。
ズレを「作らない」力
①気持ち優先、つまり「感覚任せ/感情任せ」で歌いすぎると、基本的な音程やリズムは意図せずにズレてしまうものです。聴き手が「音程がズレてるなぁ」と思ってしまったこの瞬間、気が散ってしまってその歌には感動できなくなってしまう可能性が出てきます。この場合は、やっぱり理論の力を借りながら基礎力を鍛えた上でパフォーマンスに挑むべきです。つまり「感覚任せ・感情任せで歌っても、そう簡単には崩れないほどの音感やリズム感を身に付ければ良い」ということです。
ズレを「作る」力
②演出として意図的に形にハマらない表現をする場合でも、それが不自然だったら?……「ん?なんか機械的だなぁ/音程がズレてるなぁ」と、やっぱり聴き手には感情的に届かない可能性が高くなります。この場合必要になるのは、理論を外した表現をするときでも、それを的を得た感動的なものにするための「音楽センス・表現センス」と、これを自分の声を使って自然な形でアウトプットできるだけの「発声スキル・表現スキル」です。「やらされてる感・やりすぎ感が出ないように」するのはセンスもスキルも必要になります。
「ズレる」と「ズラす」は違う
①「ズレる」と②「ズラす」は似て非なるものです。①感情任せに歌って「意図せずズレてしまう」傾向は、普段から理論よりも感覚が強い人に特に見られます。②それに対して、演出としてやる、形にハマらない表現は「コントロールしてわざとズラすもの」です。
①は「不必要ズレ」を作らない基礎力、②は「必要ズレ」を作る応用力・総合力が求められる、と言うことができます。
気持ち+センスとスキル
どちらの場合も、理論的な堅苦しい印象を聴き手に思い起こさせないように、最終的には感情優先なパフォーマンスを目指しましょう。そこに辿り着くには「気持ち」だけでなく「センスとスキル」も必須になります。音楽理論的には多少間違いがあったとしても、それを間違いだと感じさせない歌の説得力。楽曲が持っている表情・個性をキャッチして楽しんで、それを自分の感性でアウトプットできるセンスとスキル。これは気持ちだけではどうしようもありません。
「気持ち」を込めて歌う
改めて、②「気持ちを込めて歌う」については、以下の記事で説明していますのでご覧ください(‘ω’)ノ。こちらも「気持ちだけではダメ」という結論で終わります。